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東京高等裁判所 昭和59年(う)1404号 判決 1984年11月19日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中七〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中重周作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一事実誤認の控訴趣意について

所論は、クレジットカードによる物品の販売においては、クレジット会社により代金が立替払いされるため、販売店は購入者がクレジット会社に代金を支払う意思及び能力を有しているかどうかについて、全く関心を有していないのであるから、被告人がクレジット会社に対し代金を支払う意思及び能力がないのに、これあるように装つて物品を購入しても欺罔行為があるとはいえず、また、販売店が被告人にクレジット会社に対する代金支払の意思及び能力があると見あやまつたとしても販売店に錯誤があるとはいえず、したがつて、被告人の本件各所為は、刑法二四六条一項の詐欺罪の構成要件に該当せず、原判決が被告人の本件各所為につき同項の詐欺罪に問擬したのは、誤りであるというのであり、その実質は原判決に法令適用の誤りがあるとの主張に帰する。

しかしながら、クレジットカードによる物品販売の仕組みは、クレジット会社との間にクレジット契約を締結して、クレジット会社からクレジットカードの貸与を受けた会員が、右クレジット会社との間に加盟店契約を締結している加盟店において、右クレジットカードを提示してクレジットカード売上票にサインすれば、その場で代金を支払うことなく物品を購入することができ、右代金については、後日販売店からの右売上票の提示によつてクレジット会社から販売店に立替払いがなされ、さらにクレジット会社はこれを利息あるいは手数料とともに、会員の銀行口座からの振替入金の形で右会員から支払いを受けるというものであり、クレジット会社による会員への信用供与を内容とするシステムに他ならないところ、右システムは、会員が後日クレジット会社に代金及び利息(あるいは手数料)を必ず支払うことを前提とするものである以上、会員に、後日クレジット会社に代金及び利息(あるいは手数料)を支払う意思も能力もないことが明らかな場合には、販売店は右会員に対し物品の販売を拒否することにより、クレジット会社に不良債権が発生しないようにすべき信義則上の義務をクレジット会社に対して負つていることは、右システム自体からしておのずから明らかであり、したがつて、販売店において、会員が後日クレジット会社に代金及び利息(あるいは手数料)を支払う意思も能力もないことを知りながら会員に物品を販売した場合には、クレジット会社は右販売店に対し信義則違反を理由として、右代金の立替払いを拒むことができるといわなければならない。以上の法律関係に照らせば、会員が後日クレジット会社に対し代金及び利息(あるいは手数料)を支払う意思及び能力を有するかどうかについて、販売店としても関心を持たざるをえないことは明らかであり、会員が販売店の従業員に対して後日クレジット会社に対し代金及び利息(あるいは手数料)を支払う意思も能力もないのにこれあるように装い、右従業員がその旨誤信し物品を販売した場合には、会員の欺罔も従業員の錯誤もあるといわざるをえず、刑法二四六条一項の詐欺罪の構成要件に該当することは明らかであつて、加盟店を介してのクレジット会社に対する同条二項の詐欺罪の成否を論ずる要はないというべきである。所論は独自の見解にもとづき原判決を論難するにすぎず、採用できない。論旨は理由がない。

二量刑不当をいう控訴趣意について

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重い、というのである。

しかしながら、原裁判所が取り調べた証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を参しやくして検討するに、被告人の情状は、原判決が詳細適切に説示しているとおりであつて、所論指摘の点を含めて被告人のため酌むべき事情を十二分に考慮しても、被告人に対して刑の執行を猶予するのは相当ではなく、また、被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑は、刑期の点でも、やむをえないところと思料され、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につぎ刑法二一条を、当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴訟法一八一条一項ただし書を各適用して、主文のとおり判決する。

(石丸俊彦 礒邊衛 日比幹夫)

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